理想の宿とは何だろうか?
そんな事を考えてみると、昔テレビドラマで観た「高原へいらっしゃい」(原作:山田太一)を思い出した。
TBSで1976年に田宮二郎主演で放送され、2003年に佐藤浩市主演でリメイクされた。
映画は好きだが、テレビドラマは滅多に観ない私だが、この2003年版はホテルものとあって毎週観ていた。
そして、最近スカパーで、再放送があり、10年ぶりにこのドラマに再会する事ができた。
ストーリーは、幾度となくオーナーが替わるといった経営が難しい、八ヶ岳高原に建つ10室規模の小さなリゾートホテル「八ヶ岳高原ホテル」で、支配人・面川(おもかわ)清次に扮する佐藤浩市が、自ら集めた個性的なスタッフと人気ホテルにするべく奮闘する物語。
話は単純だが、各回に様々なエピソードが盛り込まれ、それぞれの登場人物が、ホテルで接客するごとに、成長していく人間ドラマに仕上がっている。
支配人、料理長以外は、ホテル経験のないスタッフばかり。
しかし、いくつかの失敗を乗り越えて、面川支配人による人情味溢れるリーダーシップにより、類い稀な人間力のあるホテルになり、いつしか評判となるが・・・。
このドラマの中で、原作・山田太一らしい、いくつかの名言、名セリフを見つけることができた。
「このホテルには敷居がない。だから妙に寛げる。」
「ホテルは箱じゃない。人なんだよ。人の魅力=ホテルの魅力なんだね。」
「このホテルは未完成だが、人間の魅力がある。何か可能性を感じた。」
・・・プレ・オープン時に宿泊した、大物評論家の言葉。
理不尽な客とトラブルを起こし、「ホテルを辞める」と言った男性スタッフを、面川支配人が引き止める場面では・・・
「僕が前のホテルを潰した後、酒に溺れて、新しい仕事にも身が入らない毎日だった。ホテルが好きなのに、自分が思ったように働けないんだ。情けなったよ。」
・・・と、自らの挫折した過去を、皆にさらけ出し、
「だから、このホテルの話がきた時、今度こそはと思った。二度と同じ失敗は繰り返したくない。」
「今の自分に何ができるか考える。目の前にいるお客様一人一人に大切にすることだ。」
「例え、どんなお客様でも、不愉快な気分を引きずったまま帰ってほしくない。だから、決してお客様に媚を売ったつもりはない。ホテルマンとして誇りをもって頭を下げたつもりだ。」
「お客様に満足して帰っていただければ、あのご夫婦のようにもう一度いらしてくれる。」
「お客様がもう一度いらしてくれる、僕はこのホテルをそうしたいんだ。」
・・・と、熱弁をふるい、経験のないスタッフの意識が変わっていく。
クライマックスで、繁盛ホテルとなった「八ヶ岳高原ホテル」が、外資系の大手ホテルチェーンに買収されそうな場面で、面川支配人は・・・
「人は幸せになるために働くんでしょ。人あっての企業でしょう。」
(買収されても)「誰一人、解雇させません!」
オープン当初と違い、ホテルでのやりがいを感じた若いスタッフたちは・・・
「あの八ヶ岳高原ホテルは、やっと夢を実現できた場所だったんだ。」
「自分に自信が持てました。やればできるんだという事を知りました。」
「このホテルは、単なる職場じゃない。」
・・・と語る。
親会社から副支配人として派遣されていた経理マンの若月(西村雅彦)は、最後に面川支配人に対し・・・
「人が嫌いでした。人は嘘をつくが、数字は嘘をつかない。そう思っていました。経理畑に20年ですからね。正直ここに来た当初は、ノルマの数字を見てホッとしていました。あいつらよりずっと数字の方が扱いやすかった。」
「ある時から、あいつらが好きになった。ここが(ホテルが)好きになった。笑っちゃいますよ。いつの間にかホテルマンになろうとしていたんです。」
・・・と、接客業の醍醐味を知り、自嘲気味に話すと、面川支配人は、
「そうじゃなかったのかい。僕はてっきり君はホテルマンだとばかり思っていたよ。」
・・・と、痺れる男のセリフ。
このドラマには、お客様に感謝され、それによってエネルギー、モチベーションをいただき、自らの存在価値を再認識させてくれる、ホテルマンという仕事の素晴らしさを教えてくれる力がある。
ホテルに限らず、旅館など宿泊施設を営む関係者、もしくはそこで働く人たちにとっての教科書のような物語でもある。
実は、このドラマを再び観るきっかけは、昨年、栃木県の「奥塩原高原ホテル」に取材した時に、現社長から聞いたエピソードも関係している。
先代の社長が、温泉旅館を全面改装して、ホテルにしたのは、実は1976年の田宮二郎主演の「高原へいらっしゃい」を観て感動したのが発端だと聞いた。
おそらく、先代社長は、そこに理想の宿のモデルがあったからだろう。
それほど、観る人が観れば、物凄い影響力のあるドラマだったのだ。
もし、こんなホテルが、こんな素晴らしいスタッフが揃っているホテルがあったら・・・。
私は、間違いなく定宿にするだろう。
ホテルは、旅館は、ドラマ中のセリフのように、人の魅力がそのまま反映するからだ。